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ローエングリン バイロイト音楽祭 2027

Venueバイロイト音楽祭
Calendar日 25 7月 2027 - 火 24 8月 2027
あらすじ / 詳細

 

ローエングリン
三幕のロマン派オペラ
リブレット: リヒャルト・ワーグナー
原語: ドイツ語
初演: 1850年8月28日、ワイマール

 

ワーグナーの「総合芸術作品」の概念は、彼の時代の他の偉大なアイデアと同様に、今でも壮大で魅力的でユートピア的なものを持っています。しかし、それは非常に個人主義的な側面も持っていました。というのも、バイロイトの初期の頃のオペラの多くの密接に絡み合った要素は、すべて一人の偉大な精神から生まれたものでした。21世紀の視点から見ると、そこに潜む危険性をよく理解することができます。もし演劇を社会的関係の比喩として考えるなら、ワーグナーの創作過程は問題があるように見えるかもしれ、極端な「モノマニア」と呼ばれるかもしれません。このモデルの結果は、世界の歴史に大きな影響を与え、もちろんそれは常にポジティブではありませんでした。しかし、もし創造されたものが独白的な方法で生み出されたなら、その結果として生まれる作品は驚くべきほど反権威主義的である可能性があるという矛盾を認識する必要があります。ワーグナーにおける愛のない、または魂のない権力は常に自由を求める個人、または自由になりたい個人にとって最大の敵であり、ローエングリンはヴォルマーツ時代に書かれた作品として、特に反権威主義的な特徴を持っています。

 

だからこそ、バイロイトの総合芸術作品の家で、画家のネオ・ラウフとローザ・ロイと共に、総合芸術作品の拡張された概念を提供する代替的な作業方法を創造することは素晴らしいことです。さまざまなアイデアを一つの流れに統合し、それらを共同作業に導き、作品の多様性を生み出すこと――それが課題でした。したがって、この上演は多くのアイデアの交差点であり、ちょうどハーモニーが異なる声の調和に対応するように。

 

 

構成とあらすじ

 

第1幕

第1場

前奏曲。アントウェルペンのスヘルデ河畔。ハインリヒ王がハンガリーとの戦いのために兵を募る。そこへフリードリヒが現れ、ブラバント公国の世継ぎゴットフリートが行方不明になり、ゴットフリートの姉エルザに弟殺しの疑いがあるとして王に訴える。王はエルザを呼び出し、釈明を促す。

 

第2場

エルザは夢見心地の様子で、神に遣わされた騎士が自分の潔白を証明するために戦うと話す。王の伝令が騎士を呼び出す。すると白鳥が曳く小舟に乗って騎士が登場する。

 

第3場

騎士は、自分がエルザの夫となり領地を守ること、自分の身元や名前を決して尋ねてはならないことを告げ、エルザはこれを承諾する。「神明裁判」によって、フリードリヒと騎士は決闘し、騎士が勝利するが、フリードリヒは命を助けられる。

 

第2幕

第1場

夜のアントウェルペン城内。庭の物陰で、フリードリヒは妻オルトルートに、決闘に敗れた自分が追放処分になること、エルザに弟殺しの罪を着せるようけしかけたのはオルトルートであることをもらして、悪態をつく。オルトルートは、騎士が決闘に勝ったのは魔法を使ったためであり、名前と素性を言えと迫られるか、あるいは体の一部でも切り取れば魔法が解けるという。フリードリヒは気を取り直し、2人は『復讐の二重唱』を歌う。

 

第2場

バルコニーに現れたエルザにオルトルートは嘆いて彼女の同情を誘い、さらに騎士への疑念を吹き込む。オルトルートはキリスト教以前の神々として、男神ヴォータン、女神フライア(のちに楽劇『ニーベルングの指環』にも登場する)の名を呼ぶ。

 

第3場

夜が明けると王の伝令が現れ、フリードリヒがまがい物の力を用いて神前決闘を為したことを咎め、ブラバントから追放し、神聖ローマ帝国騎士の称号を剥奪することを宣言する。これにより、フリードリヒは、フリードリヒ・フォン・テルラムントからフリードリヒ・テルラムントになる。

続けて王の伝令は、騎士がエルザと結婚してブラバントの守護者となることを告げる。4人の貴族が東方出征への不満をもらしているところへフリードリヒが現れ、企てを話す。

 

第4場

婚礼の式のために礼拝堂へ向かうエルザ。『エルザの大聖堂への入場』の音楽。突然オルトルートが行列を阻んでエルザを罵り、素性の知れない騎士を非難する。

 

第5場

ハインリヒ王と騎士がやってくるところ、フリードリヒも群衆に向かって騎士が魔法を使っていると告発し、名前と素性を明かせと迫り、エルザは動揺する。騎士はフリードリヒらをエルザから引き離し、「自分に答えを要求できるのはエルザただひとり」だと答える。エルザは騎士の戒めを守る事を高らかに宣言したため、騎士は「さあ!神の御前に赴こう」と促し、2人は礼拝堂へと入っていく。

 

その後、姿を一人恨めしそうに見つめるオルトルート。しかし気が萎えるどころか、ますます復讐の念を強める。禍々しい者の勝利を確信した如き、不気味な音楽が流れて、幕が降りる。

 

第3幕

第1場

華々しい前奏曲のあと、『婚礼の合唱』(いわゆる「ワーグナーの結婚行進曲」)。

 

第2場

エルザと騎士は初めて二人きりになる。騎士はエルザに疑いの心を持たないように再三再四説く。しかし、エルザは次第に不安が募り、夫に対する疑念にも似た気持ちは抑えられず、とうとう騎士の素性を問い詰め、騎士は困惑する。そこへフリードリヒが仲間の貴族を率いて乱入し、エルザは即座に騎士に刀を渡す。騎士は渡された刀でフリードリヒを一撃で倒す。するとそこにむなしくも悲しい空気が静かに漂う。永遠のしあわせは瞬時に奪われた。しばらくの沈黙の後、騎士は、お付きの女官に命じてエルザを着替えさせる。

 

第3場

場面転換の間奏はトランペットとティンパニの壮大なファンファーレ。第1幕と同じスヘルデ河畔。出征を控えた王や大衆はいよいよ色づくも、エルザはうなだれて足取りも重く、続いて旧テルラムント臣下が亡主の遺骸を掲げて入場する。そこに騎士が登場するが、「皆さんと戦いに赴く事が出来ない」と宣言し、同時にエルザが禁問の戒めを破った事を訴えた。騎士は続けて、悲しみ、苦しみ、逡巡するも、力を振り絞り、ハインリヒ王の前で、「私は、自分ははるか彼方にあるモンサルヴァート城で聖杯を守護する王パルツィヴァルの息子、ローエングリンだ」と名乗る(この名乗りの歌ではLohengrinを「ローヘングリン」のように発音するのが通例である)。白鳥が小舟を曳いて迎えにやってくる。ローエングリンは角笛と刀と指輪をエルザに手渡すが、指輪だけは丁重にエルザの手の中に置いた。復讐を遂げた事に満足したオルトルートはあざ笑うが、ローエングリンが静かに祈りを捧げると、白鳥は人間に姿を変える。その白鳥こそ、ブラバントの正嗣であり、オルトルートの魔法によって行方不明にされていたゴットフリートだった。叫び声を上げて倒れるオルトルート。小舟に乗ったローエングリンは悄然として去り、エルザもまたゴットフリートの腕の中で息絶える。

 

なお、初稿では「ローエングリーンの名乗り」の後、5分程度の「グラール語り」が書かれたが、後に削除されていて、さらに実際の上演では、上述のギャラの協定によってもう5分程度カットされる。

キャスト

音楽監督:タルモ・ペルトコスキ
演出:イラリア・ランツィーノ
舞台美術:マルティン・ヒックマン
衣裳:ヴァネッサ・ルスト
ドラマトゥルク:ヴィープケ・ヘトマネク
合唱指揮:トーマス・アイトラー=デ・リント

 

ハインリヒ(鳥捕り王):ゲオルク・ツェッペンフェルト
ローエングリン:マイケル・スパイアーズ
エルザ・フォン・ブラバント:エルザ・ドライジヒ
フリードリヒ・フォン・テルラムント:ジョーダン・シャナハン
オルトルート:ユディト・クタシ
国王の伝令官:トーマス・レーマン

会場
バイロイト音楽祭

バイロイト音楽祭(独: Bayreuther Festspiele)は、ドイツ連邦バイエルン州北部フランケン地方にある小都市バイロイトのバイロイト祝祭劇場で毎年7月から8月にかけて行われる、ワーグナーの歌劇・楽劇を演目とする音楽祭である。別名リヒャルト・ワーグナー音楽祭(Richard-Wagner-Festspiele)。

「バイロイトの第九」から現在まで

戦後、ヒトラー崇拝を止めなかったウィニフレッドを追放し、ヴィーラント・ワーグナー、ヴォルフガング・ワーグナーの兄弟が音楽祭を支えることとなり、バイロイトの民主化が一応なされた。1951年7月29日、フルトヴェングラー指揮の「第九」(そのライヴ録音が名盤として名高い)で音楽祭は再開された。再開後初出演したのはクナッパーツブッシュ(クナ)とカラヤンで あった。再開されたとはいえ、音楽祭はなお資金不足が深刻であった。苦肉の策でヴィーラントらは、最低限の簡素なセットに照明を巧みに当てて暗示的に舞台 背景を表現するという、新機軸の舞台を考案する。舞台稽古初日、舞台を見回したクナは愕然とする事になる。いまだにセットが準備されていないのだと思い込 み、「何だ、舞台がまだ空っぽじゃないか!」と怒鳴ったという。しかしこの資金不足の賜物であった「空っぽ」な舞台こそが、カール・ベームの新即物主義的な演奏とともに戦後のヨーロッパ・オペラ界を長らく席巻する事になる「新バイロイト様式」の始まりであった。

事情が事情であったが、指揮者のクナやカラヤンはこの演出に大いに不満であり、カラヤンは翌1952年限りでバイロイトを去ってしまった。クナもそうするつもりであったが、1953年の音楽祭に出演し、以降の出演も約束されていたクレメンス・クラウスが1954年に急死してしまった。慌てたヴィーラントとヴォルフガングはクナに詫びを入れ、音楽祭に呼び戻した。以降、亡くなる前年の1964年までクナはバイロイトの音楽面での主柱となった。「新バイロイト様式」の舞台は、ヴィーラントとヴォルフガングが交互に演出しながら1973年まで続いた。1955年には初のベルギー人指揮者として、ドイツ物も巧みに指揮したアンドレ・クリュイタンスが初出演。また、同年ヨーゼフ・カイルベルトが指揮した『ニーベルングの指輪』は英デッカにより全曲録音され、これが、世界初のステレオ全曲録音となった。1957年にはヴォルフガング・サヴァリッシュが当時の最年少記録(34歳)を打ち立てた。1960年には初のアメリカ人指揮者ロリン・マゼールが、史上最年少記録の更新(30歳)を果たして初出演した。1962年には巨匠カール・ベームが、1966年にはブーレーズが、1974年にはカルロス・クライバーがそれぞれ初出演した。演出の方も、1966年にヴィーラントが亡くなってからは弟のヴォルフガングが総監督の職を引き継いだ。ヴィーラント亡き後、ヴィーラントの遺族とヴォルフガング一家が互いの取り巻きを交えての内紛に明け暮れ、そのスキャンダルも相まって、同族運営が大きな批判に晒されるようになったことから、1973年、リヒャルト・ワーグナー財団に運営が移管された。同財団の運営権はドイツ連邦政府、バイエルン州政府に最大の権限があり、次いでワーグナー家、バイロイト市、ワーグナー協会の順になっている。

1976年、ヴォルフガングは革新的な上演をもくろみ、音楽祭創立100周年の記念すべき『指環』の上演を、指揮者ピエール・ブーレーズと演出家パトリス・シェローの フランス人コンビに委ねた。シェローは気心知れた舞台担当や衣装担当を引き連れて、「ワーグナー上演の新しい一里塚」を打ち建てるつもりだったが、その斬 新な読み替え演出は物議を醸した。しかし初年度はブーレーズのフォルテを忌避するフランス的音楽作りともども、激しいブーイングと批判中傷にさらされてし まい、警備のために警察まで出動するという未曾有のスキャンダルになった。だがシェローは年毎に演出へ微修正を施し、ブーレーズの指揮も見る見る熟練して いったおかげもあり、最終年の1980年には非常に洗練された画期的舞台として、絶賛を浴びることとなった。

その後指揮者の顔ぶれは、レヴァインやジュゼッペ・シノーポリ、ダニエル・バレンボイムなどの若手や初のロシア人指揮者ヴァルデマル・ネルソンなど新しい顔ぶれに様変わりした。 2005年には東洋人として初めて大植英次が初出演を果たす。しかし、オペラ経験に乏しい大植の指揮は観客の不興を買い、1年で契約を打ち切られることとなった。翌年から『トリスタン』の指揮はベテランのペーター・シュナイダーに委ねられる。大植の降板劇は特に人種差別的なものではなく、過去の幾人かの指揮者にも起こった事態でもある。ヴィーラントと決裂してバイロイトを去ったカラヤンや、マゼールの先例もあり、ショルティやエッシェンバッハらも1年で降板している。バイロイトに限らず音楽祭での降板や変更は日常茶飯事であるものの、近年のバイロイトでは(かつてのブーレーズの頃とは違い)指揮者が激しい批判を浴びた場合、守るよりも手っ取り早く熟練した指揮者と交代させられるケースが増えてきている。

そのような中、2000年に『マイスタージンガー』を振ったクリスティアン・ティーレマンは久々の大型ワーグナー指揮者の登場として高い評価を獲得した。2006年からは『指環』の指揮を任され、音楽祭の音楽面の中核的存在となっている。

演出面では、シェロー演出の成功以降、ゲッツ・フリードリヒ、ハリー・クプファーらが舞台に現代社会の政治状況を投影する手法で新風を吹き込んだ。だが以降はこれといった新機軸を確立するまでには至っておらず、逆に目新しい演出へいたずらに走る傾向を「商業的」として非難する向きもある。近年ではキース・ウォーナーやユルゲン・フリムらが一定の評価を得た反面、クリストフ・シュリンゲンズィーフによる『パルジファル』のように否定一方の不評のままで終わる演出もある。

なお視覚面では、劇作家ハイナー・ミュラー演出の『トリスタンとイゾルデ』で、日本人デザイナー山本耀司が衣装を担当し、大きな話題になった。

総監督はカタリーナ・ワーグナーとエファ・ワーグナー(2009年)

戦後、長年に渡って音楽祭を独裁的に切り盛りしてきたヴォルフガング・ワーグナーがついに引退を表明し、後任を巡ってその去就が注目されていたが、先のように2009年からは彼の二人の娘が総監督の座を引き継ぐ事になった。現在はカタリーナ・ワーグナーとエファ・ワーグナーの二頭体制に移行した。

ただし、二人は姉妹とはいうもののヴォルフガングの前妻の娘と後妻の娘という腹違いの複雑な関係であり、しかも33歳差という年齢差ゆえに必ずしも 親密な関係とは言いがたいようだ。当初2001年にヴォルフガングが引退を表明し、後継者として指名されたのは長年『影の支配者』と云われていた後妻のグ ドルンだったがワーグナー財団によって否決され、ヴォルフガングは引退を撤回したという経緯があった。そして後継者レースの中で経験が少なく、若さやルッ クスのような話題などメディアを意識した挑発行為が目立つカタリーナへの疑問や、グドルンによってバイロイトを前妻とともに追われたエファがヴォルフガン グによって追放されたヴィーラントの娘ニーケ・ワーグナーと 組んで、カタリーナと舌戦を繰り広げるという格好のスキャンダルをメディアに提供するなど、非常に険悪だったかつてのヴィーラントとヴォルフガング兄弟の 骨肉の争いの再来ぶりに、先行きを危ぶむ声も多い。早速カタリーナは、2007年の新演出の『マイスタージンガー』の演出を自ら手掛け存在感をアピールし た。しかし、その挑発的な舞台は一部の観客からブーイングを浴び、批評家やマスコミの間でも物議を醸した。

翌年の2008年からは、舞台中継のネットでの映像ストリーミング配信や会場外でのパブリックビューイングが カタリーナの肝入りにより始められた(2008年は『マイスタージンガー』、2009年は『トリスタンとイゾルデ』が生中継された)。これにより、会場外 の観客や世界各国のインターネット・ワグネリアンたちにもこれまで以上に音楽祭の雰囲気を楽しむことが出来るようになり、代変わりしたバイロイトらしい新 機軸として評判になった。

そしてヴォルフガングが死去してから初めての音楽祭となる2010年、ついにテレビでの生中継が実現する運びとなる(後述)。翌2011年の第100回目の開催では、ユダヤとの関係改善を目論むカタリーナの計らいでイスラエル室内管弦楽団がバイロイトを訪れ、市内のホールにてロベルト・パーテルノストロの指揮によりジークフリート牧歌を演奏した。この年の初日の演目は新演出の『タンホイザー』。メルケル独首相やトリシェ欧州中央銀行(ECB)総裁夫妻ら、著名人が訪れた。

 

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